出展:マスターズ甲子園

生き甲斐を創出するジェロントロジー

エイジングは実に多角的であり、多様性に富んだ問題を含んでいる。

エイジングのもつ1つの意味にチーズやワインが円熟し、まろやかになり、豊潤な香りと味わいを呈するという言葉のもつ深さがある。高齢者はまさにこの意味において捉えるべきである。

人間は本質的に向上心があり、自我を求めるというパラダイムをもち、その事によって個の人間観と人生観をもち、生涯発達したいという欲求を持っているものである。

生涯発達には、「生物的発達」と内面的な「知の発達」の側面がある。人生を完成させたいという強い欲求がある。このような視点で高齢者をみるならば、「老い」イコール「弱者」とはいえない。

高齢者は活動的であり、生活満足度やモラルの高いものがある。人が生きているプロセスの中で過去、現在、未来という時間軸で捉えるなら人生は身と心と知で積み上げた財をもつ。経験的財産、統率力、洞察力、リーダーシップ、ビジネス能力、芸術的能力(表現力、音感、演技力、美的センス、語学力、コミュニケーション)等の人間力的財産。運動能力の獲得、スポーツや芸術における実績などの成果的財産。資格、特殊機能などの獲得能力財産など人が獲得した多くの資産は高齢者が得た健全な資産であり、これは人生の幸福(Happiness)である。このHappinessは人生を生き抜く資本となる。

そして、高齢者は個性(パーソナリティ)をもち、エイジングのプロセスをも理解しようとしている。また、年をとりつつある自分自身の視点とセカンドステージへの現実的出発点を力強く模索している。人間の高齢化は、いろいろな機会を喪失するものではない。高齢者は、高齢期においても弾力性を失う存在ではない。

勿論、この観点は各々の自己の価値観と関わりをもっている事は否定しない。高齢者は、その人の人生の経過において、養ってきた複数の自己観を、ある時点で人生の回顧に置きかえて、自己の知的フィールドへとその価値を集約していく。

その上で自己の人生管理を改めてセカンドステージで設計しなおし、新たな価値、即ち生き甲斐づくりの機会の獲得を目指す。

しかしながら、このような視点が軽視され、社会離脱によって弱者としての地位の低下を余儀なくされている。エイジングとジェロントロジーの相違点は、明確に区別されるべき分野である。従来エイジング(加齢)研究は身体機能としてのエイジング研究が中心であり、生物学的視点から身体的衰えといったマイナス面が結果的にクローズアップされ、その事への対応が中心となる傾向が多かったように見受けられる。

エイジングの概念は「遺伝子プログラム説」「すり切れ説」「エラー説」「活性化酵素説」等がそれである。生物学的な視点に立てば身体機能は、加齢と共に発展向上し、成熟期に至り、ピークに向け社会において活躍し、やがて社会から離脱し老化現象を起こす。このような論理で医療、医学分野がその大半を占めていたと推察される。

これに対し、ジェロントロジーでは身体的な低下に捉われる事なく、エイジングをより深く多角的な視点で捉え、理解する事で個人の生き甲斐を再創出すると共に、個人の人格が尊重され、生き甲斐とその存在感における「社会づくり」を提言する分野であると理解できる。

よって、エイジングの概念が「身体とその機能」に重きを置くのに対し、ジェロントロジーでは「人間としてのエイジング研究」が中心になり、生き甲斐と生きる価値についてその手法について加齢を研究するものである。そこでQOL(生活の質 Quality Of Life)の向上を中心に捉えた加齢の研究を目指し、生物学的視点(マイナス面を正当に評価)と心理学的視点(プラス面を積極的に評価)の両面から人間としての価値を評価し、社会心理学的視点、社会学的視点の相関関係をもって、人間の生き甲斐を創出する事に重きをおく事で、再び活力のある人生を新たな価値として自らも見直し、社会との関係性も更に新たな視点で位置づけて行くべきと考えるものである。

ジェロントロジースポーツ研究所は生物学的視点(加齢による身体的機能の低下)から積極的に身体機能の低下を防ぐ手法として、運動とスポーツを捉え、加えて心理学的視点(心と知能の関係)から心と身体の調和、人間発達、パーソナリティ、適応能力を高めて行く事に主眼を置いて研究を進めて行く。